気が付かれなかった取り替え子

ここは、とある人物の出来事が手記として現れる、隙間の世界です

実際はどうなのか分からない事

 私は図書館で小説を借りて読んでいる。

 その小説の中に、ある災害の事をよく物語に組み込む人がいて、それを見て『災害の事を風化させたくないんだな』とか『こういう事もあったのかもな(所詮は小説なので、どこまで事実かが分からない)』と思う反面、その作家さんが災害の事に拘り過ぎてて、私が今後小説として読むには向かないかもな。

 などと思い始めていた時、同じ作家さんの新しい本が置かれていたので懲りずに読んだのだが、内容をザックリ説明すると、被災者が被災者をコケにした人をぶっ殺す話だった。

 こうして書くと何だかコメディー小説みたいだ……。となってしまうが、私は読んでる途中から『これって被災者が見たら喜ぶのかな?』となり出して、被災した人が偏見や差別とかで大変だったというのは分かるんだけど、最後まで共感や同情はあまり感じずモヤモヤした気分で終わった。

 だから今後はその作家さんの本は読まないと思う。

 もともと病気や社会現象を描くような作品は、好きではないっていうのもあるけどね。

 

 それから数か月後、電子掲示板を見ていた時にやっぱり同じ被災者に愛着があるであろう人が、とある発言に対して強い言葉や攻撃的な態度で批判していた。

 批判された言葉は、確かにいい表現ではなかったかもしれないけど、私にはあれ以上の被害が出なかった事を安堵していた発言として捉えたし、その場には私と同じように感じてるであろう人のレスもあった。

 でも批判した人の怒りは収まらない。被災者が見ている事を考慮した発言をしろと言い、災害者の葬儀の様子などをアップローダーを使って貼り付けていた。

 でも、そういうのを見てまたモヤモヤしだした。

 そもそも、アップロードした画像の著作権は大丈夫なのかとか、それが大丈夫でもその画像を被災者が見たら当時の事思い出すし、いい気分にはならないのでは? とか、第一そういう態度を取ってる人って実際には被災していないのだけど、彼らの事を肝心な被災者はどう思ってるの? とか、むしろアイツらは巧妙な手段で被災者が嫌われるようにしているのかもしれない(陰謀論)等々、様々な思考が頭を巡った訳だが……。

 でも、こういう行動って被災者に好意的に受け取られてる可能性もあるし、人には色んな感じ方があるしなぁ。