気が付かれなかった取り替え子

ここは、とある人物の出来事が手記として現れる、隙間の世界です

人間嫌いで中途半端な存在

 この世界……この国に、だろうか?

 ともかく、この社会において私が無理なく生きていけるスペースはほとんどないんだろう。

 私は人間を嫌い、憎悪する。それは他人と関わる度に強くなっていく。そんな事が何度も繰り返されているからだ。

 他人という存在は私にとってストレスで、そのストレス下に居続ければ鬱病の症状やもっと危険な症状が出てくる。困った物だ。

 

 私は一応病気らしいがよく分からない。今現在の担当医も「よく分からない。しいて言うなら神経症」と言っていた。

 ちなみに、精神医学は検査をして明確に病名や悪い所が分かる物でもないし、別の医者からは今までに、統合失調症パニック障害適応障害ADHDなどと言われてきた。

 ……溜め息しか出ないが、病名なんて彼らにしてみたら大して気を配るべきポイントではないのだろう。処置の仕方も。

 そう思うしかない。

 

 何はともあれ私は病気かどうか分からないが、一見すると障害者には見えないので障害者が利用する施設を使っていると「病気じゃないでしょ?」などと言われる事もある。

 利用者や外野から言われるきりだが。

 しかし、私は私が病気であるかどうか分からないけど、少なくともまともにこの社会でやっていけるならば、こんな施設は使わない。

「あえてストレスになる様な(大した金にならない、場所によっては金がかかる)施設、好き好んで使いませんよ。常識的に考えて」

 といった感じだが、あの人達は気が付く事もなく、自分の言った事も直に忘れるんだろう。

 まぁ、健常者に見られるって優越感に浸れるから、いいじゃん?

 と思えればいいのだろうが……。

 

 

 私にはまだほんの少しだけ、できる事なら社会に出たいという気持ちがある。

 しかし、『人間が嫌い』という感情が消えてなくならない限り難しいと思っている。

 それこそ、(場合によっては何キロも先の)針の穴に糸を通すような途方もない事の様に思える。

 そんな作業を何年も行えるほどの気力が私にあるとは思えないし、もう折れかかった――というか、一度折れてしまった心では無理なのでは? という感情が強い。

 

 障害者らしくない障害者の私には、どこにも居場所はない。

 健常者らしくない健常者の私にも、どこにも居場所はない。

 

 そんな言葉しか浮かばない。